レポート:“Music WorldwithoutBorders”&第11回トカチェフスキ国際ピアノコンクール(清木悠矢さん)
2026年10月28日水曜日
レポート:清木 悠矢
8月8日~16日にポーランドのブスコ・ズドロイで開催された国際ピアノフェスティバル“Music World without Borders” と、フェスティバル期間中に開催された第11回トカチェフスキ国際ピアノコンクールに参加いたしました。両イベントには、アイスランド、アメリカ、イタリア、ウクライナ、カナダ、日本、ポーランドから約50名が参加しました。
8月6日の朝に日本を出発し、ワルシャワを経由して約15時間のフライトを経てクラクフ空港へ到着し、そこから大型タクシーで約2時間かけてホテルへ移動しました。
ホテルに到着したのは、日本を出発してから丸1日が経った頃で、体力が限界でした。
ブスコ・ズドロイはポーランド南部に位置する歴史的な温泉保養地です。
8月なので暑さ対策をして行きましたが、日本ほど気温も湿度も高くなく、比較的過ごしやすかったように思います。夜になると日中より気温が10℃近く下がるため、肌寒く感じるほどでした。
ポーランドへは、鈴木弘尚先生、奥様の真凜先生、そして私を含む門下生8人で行きました。
ホテルはそれぞれ別々でしたが、私が滞在したホテルは、会場だけでなく、買い物や食事をする場所もすべて徒歩圏内にあり、立地にも恵まれていました。
チェックインの翌日は夕方まで予定がなかったため、近くの公園を散歩したり、食事の買い出しをしたりして過ごしました。
ピアノに触れることができたのはこの日の夕方で、約2日ぶりの練習は電子ピアノでした。
日本とは異なる環境に戸惑いましたが、限られた条件の中でも、その日の練習で確認すべきことを考えながら取り組みました。
8日にフェスティバルが開幕し、9日にはオープニングコンサートが開催されました。参加者や教授陣が、タルヌフ室内管弦楽団とコンチェルトで共演しました。
指揮は、世界的ピアニストであるウラディーミル・アシュケナージ氏のご子息であるヴォフカ・アシュケナージ先生が務められ、鈴木先生はシューマンのピアノ協奏曲を演奏されました。
鈴木先生の演奏を聴き、私も鈴木先生のように、聴く人の心を動かす演奏ができるピアニストになりたいと強く思いました。
滞在中のピアノの練習時間は1日あたり3時間と決められており、練習室は1部屋を除いて、ほとんどがアップライトピアノか電子ピアノでした。中にはペダルのないピアノもあり、普段とは違った工夫が必要になる場面もありました。
ポーランド滞在中は、コンクールやコンサート、レッスン、コンチェルトなどに向けて、全部で10曲を準備していたため、限られた練習時間の中で、それぞれの予定に合わせて何を練習するかを考える必要がありました。ピアノの状態や練習環境に合わせて練習内容を工夫し、本番で確認したいことを明確にして取り組むことを意識しました。
また、練習室にはエアコンがなく、窓を開けて練習することもありました。
グランドピアノに触れることができるのは、本番の舞台上ということがほとんどでした。
限られた条件の中で練習することで、どのようなピアノや場所でも、自分の中で音楽をイメージしながら練習することの大切さを学びました。
また、限られた時間や環境の中で、今何を練習する必要があるのかを自分で考える力も身についたように思います。
昨年、韓国でアカデミーに参加したときにも感じましたが、海外で過ごしてみることで、日本の練習環境がいかに恵まれているのかを改めて実感しました。
同時に、恵まれた環境でなくても、自分なりに工夫することで学べることがたくさんあることにも気づきました。
フェスティバル期間中に開催された第11回トカチェフスキ国際ピアノコンクールは、4つの部門に分かれており、私は年齢制限のないマスター部門と、19歳以下のヤングアーティスト部門にエントリーしました。
10日のマスター部門では、思うような演奏ができなかったことに加え、自分の力不足も感じる結果となり、予選を通過することができませんでした。
年齢制限のない部門で、さまざまな経験を積んだピアニストと同じ舞台に立ったことで、現在の自分に足りないものを改めて認識する機会となりました。
しかし、翌11日のヤングアーティスト部門では、光栄にも第1位となることができ、とても嬉しかったです。2日連続で、それぞれ異なるプログラムを演奏する初めての経験を通して、自分の演奏を切り替え、それぞれの舞台に向き合うことの難しさと大切さを学びました。
フェスティバル期間中は、コンクールの入賞者コンサートを含め、4回のソロコンサートに出演しました。ホールでのコンサートだけでなく、ホテルのバーでのサロンコンサートや温泉街の中心に位置する歴史的な野外ステージでの演奏もあり、特に野外での演奏は初めての経験だったため、とても新鮮でした。
会場ごとにピアノの感触や響き方も大きく異なり、同じ会場でも観客の人数によって響き方が変わることを実際に体感することができました。
期間中は、ヴォフカ・アシュケナージ先生、Xuan Dong先生、ターニャ・シュワルツマン先生の3人の先生方にレッスンをしていただきました。
ヴォフカ・アシュケナージ先生からは、和音や多声部の中で一つひとつの音を丁寧に聴き分けることの重要性と、音の聴こえ方を変えるために、指の角度など身体の使い方にも意識を向けることを学びました。
Xuan Dong先生からは、曲の中で重要な要素を明確にし、それ以外の要素との対比によって音楽を構成すること、また、一つの曲に対して複数の解釈を持ち、演奏するたびに新たな可能性を生み出すことの大切さを学びました。
ターニャ・シュワルツマン先生からは、楽譜に書かれていることをただ演奏するのではなく、「なぜここが特別なのか」「どのような意味があるのか」と常に問いながら、作品を深く理解することの重要性を学びました。
コンクール審査員・マスタークラス講師の先生方左より Andrea Turini、Maria Murawska、Krystian Tkaczewski、Hironao Suzuki、Xuan Dong、Vovka Ashkenazy
ポーランドでは、じゃがいもやパンを使った料理が多く、滞在期間中の夕食は鈴木先生や門下生のみんなでレストランに行って食べることが多かったです。ピザやパスタなど、料理一つひとつのサイズや量が日本よりも多く、食べ切るのが大変でした。
また、ホテルに洗濯機がなかったため、手洗いをしていました。洗うのも大変でしたが、洗濯物を干すのも一苦労で、日本とは違う生活環境を実際に体験することができました。
フェスティバル期間中は、野外ステージで夜遅くまでスピーカーから音楽が流れていました。音楽に合わせて照明の色も変化し、夜の街並みと相まって、とても幻想的な雰囲気でした。
演奏以外にも、こうしたフェスティバルならではの雰囲気を楽しむことができました。
15日の夜には、フェスティバルのフィナーレとして、参加者によるタルヌフ室内管弦楽団とのコンチェルト共演が行われ、ヴォフカ・アシュケナージ先生が指揮を務められました。
私はサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番の第3楽章を演奏しました。
当日の朝にゲネプロがありました。限られた時間の中で細かい部分まで相談することはできませんでしたが、何とか最後まで弾き終えることができ、ほっとしました。
アシュケナージ先生、そしてタルヌフ室内管弦楽団の皆さんと共演することができたことは、私にとってかけがえのない経験となりました。
演奏だけでなく、さまざまな国から集まった参加者との交流や、たくさんの演奏を聴く機会にも恵まれ、10日間とは思えないほど内容の濃い、充実した時間を過ごすことができました。
振り返ってみると、たくさんの経験が詰まった10日間があっという間に感じられます。
16日、チェックアウトをしてからクラクフ空港に向かい、搭乗手続きを済ませた後、出発までの時間を利用して、ポーランドの古都クラクフを観光しました。
クラクフでは、旧市街を歩きながら歴史ある聖堂などを訪れました。長い歴史を持つ街並みを実際に歩くことで、ポーランドの歴史や文化を身近に感じることができました。
帰りの飛行機もワルシャワを経由しましたが、トランジットの時間が少し長かったため、ワルシャワも観光しました。
ワルシャワ旧市街の入口に位置する王宮広場を訪れ、歴史的な街並みを歩きました。
また、ショパンの心臓が納められている聖十字架教会を訪れ、その柱を実際に目にした時の気持ちは、一生忘れることはないと思います。普段からショパンの作品を演奏している自分にとって、作品が生まれた国の歴史や文化に触れることができたことは、とても貴重な経験でした。
同世代のピアニストの演奏からも、多くの刺激を受けました。
中国のピアニストは、非常に高い技術力に加え、情熱を持ちながらも、どんな場面でも動じないような冷静さが印象的でした。高い技術と音楽への情熱、そして冷静さを両立させることの大切さを学びました。
ポーランドのピアニストからは、特に強い音楽的な勢いとエネルギーを感じました。
異なる時代の作品を続けて演奏しているにもかかわらず、単に時代によって弾き分けているのではなく、作品によってまるで別のピアニストになったように感じられたことが印象に残りました。
アメリカのピアニストからは、音楽も身体の使い方も非常に開放的であることが印象に残りました。奔放に演奏しているという意味ではなく、ホールの空間や響きを自然に感じながら演奏しているように見え、音楽と空間との関係を意識することの大切さを感じました。
今回のポーランドでのフェスティバルやコンクールを通して、演奏に対する考え方を大きく見直すことができました。
特に印象に残ったのは、次の3つです。
一つ目は、自分が表現したいことだけでなく、聴衆や審査員がその作品に何を求めているのかを考え、それを演奏に反映させることの重要性です。
二つ目は、本当に表現すべきことを見極め、必要な身体の動きだけを残して、余計な動作や意識を減らすことです。身体への意識を一度シンプルにすることで、音楽そのものに集中できるという新しい視点を得ました。
三つ目は、一つの曲に一つの解釈だけを持つのではなく、さまざまな視点や解釈を持ち、演奏するたびに新たな可能性を見つけることです。
Xuan Dong先生からいただいた「聴衆はピアニストの同じ姿を何度も見たくない」という言葉も強く印象に残っており、プロの演奏家として、多様な解釈を持つことの大切さを学びました。
今回、このような貴重な機会を与えてくださった音楽祭の主催者クリスティアン・トカチェフスキ先生をはじめ、現地でご指導くださった先生方、そして音楽祭を支えてくださったすべての皆様に、心より感謝申し上げます。
また、日頃からご指導くださっている鈴木弘尚先生のご指導があったからこそ、このような舞台に臨むことができました。滞在中も、鈴木先生、真凜先生にたくさんサポートしていただいたおかげで、安心して過ごすことができました。深く感謝申し上げます。
そして、福田靖子賞基金様のご支援により、このようなかけがえのない経験をさせていただいたことに、心より感謝申し上げます。
海外で長期間過ごし、コンサートやコンクール、コンチェルトなど多くの舞台で演奏する中で、ピアニストとしてこれからどう成長していくべきなのかを深く考える機会となりました。今回ポーランドで得た経験を一時的なものにせず、これからの練習や演奏にしっかりと生かし、さまざまな可能性を模索しながら、自分にしかできない音楽を追求していきたいと思います。


















